風 の さ さ や き
・上記のタイトルで、ちょっとした短文(コラム)を掲載してゆきますので、よろしければおつきあいください。様々な人権について述べてゆきます。いわば、ごった煮です。(文中、敬称略)
〇監督自ら「名古屋電気(現、愛工大名電)には勝てん」といった
・1977年8月1日、夏の甲子園をかけた決勝がナゴヤ球場で行われた。名電の相手は東邦。投手は1年生の坂本佳一。試合前のミーティングで監督の坂口慶三(鬼の坂口といわれていた)が口にした言葉だった。
名電は、新チーム結成後は県内で無敗。決勝後にすぐ甲子園へ移動できるようにと、寮で荷造りをすませていた。
しかし結果は、6対1で東邦の勝ち。坂本は「バンビ」の愛称で甲子園でも勝ち続ける。決勝の相手は東洋大姫路(兵庫)。しかし、10回裏、坂本はサヨナラ3ランを浴び準優勝。
(2026・6・15記)
〇日本の戦争・1868年(明治元年)から、1945年の太平洋戦争終結まで
・1894年〜95年・・・日清戦争
・1904年〜05年・・・日露戦争
・1914年〜18年・・・第一次世界大戦
・1937年〜45年・・・・・(盧溝橋事件)日中戦争始まる
・1941年〜45年・・・太平洋戦争始まる
(2026・6・4記)
〇小泉純一郎元首相の変心
・小泉は2001年4月から2006年9月まで、総理大臣を務め原発容認派だった。しかし、2011年3月の東日本大震災をきっかけに、脱原発にかじをきった。
「日本は原発、もうやっちゃダメだ。地震もある、津波もある、火山もある。この国に“核のゴミ”の処分場はつくれないんだから」。
筆者はまだ読んではないが、「原発ゼロ、やればできる」(太田出版)という本も出しているという。
(2026・6・1記)
〇映画「黒川の女たち」
・戦争に勝ったとか負けたという。しかし、その渦中にいる人々にとっては、勝った方に属する側にとっても地獄でしかない。
この映画は、ドキュメンタリー映画。満蒙開拓移民として岐阜県黒川村(現・白河町)から黒川開拓団の女性たちが、敗戦後の引き上げの過程でソビエト連邦軍兵士への「性接待」を強いられた事実と、その後長く沈黙を強いられてきた被害が、当事者・家族・遺族会の証言を通じて史実として記録されている。(DVDも発売されている)
・1945年8月9日(ちなみに、天皇の敗戦の玉音放送は8月15日)、日ソ中立条約を破ったソ連軍がソ満国境を越えて侵攻したときに、関東軍はさっさと開拓民を置き去りにして撤退。自分たちの田畑を奪った開拓民に恨みを持っていた現地の人たちからの略奪から身をまもるために、武装したソ連軍に護衛を頼んだ黒川開拓団の長老たち。男たちは「ねこそぎ動員」で徴兵されいない。
ソ連兵たちが代わりに要求したしたのが「女を出せ」。兵士の妻は出せないと、長老たちが頭を下げたのが17歳以上の未婚女性15人。うち二人は苛酷な体験から現地でなくなる。
帰国してからも受難は続く。共同体の中では誰がどんな目にあったかは誰でも知っている。「嫁にいけないカラダ」になった彼女たちは、生きて戻った故郷の村にもいられない。彼女たちの受難は、触れてはいけない「忘れたい過去」になった。
戦後約40年たって1982年に、忘れないと、「乙女の碑」を建立。しかし、説明はなかった。2018年にようやく「説明文」が入った。「忘れてはならない」と顔をさらして証言した元「乙女」たちがいたからだ。
「性接待」という暴力=「魂の殺人」。日本の軍隊も同様の行為を行った、といのは様々な資料から明らか。筆者は数十年前、その行為を行った本人からその事実を聞いた。
彼は言った。「戦争中だったから、しょうがない」と。その言葉を聞いて唖然とした。この人は、反省も後悔もしていない、と。
(2026・5・29記)
新聞への読者の投稿から
〇「お母さん」声かけられ違和感
・50代女性は夫とショッピングモールを歩いていた。ティッシュ配りをしていた20代くらいの男性がいた。夫が受け取ると、その人は女性に向かって「お母さんも持って行ってください」と差し出した。
見知らぬ人に「お母さん」と呼ばれたのは初めてだった、という。子どもと一緒にいたわけではない。もし、子どもがいない夫婦や独身の女性がそう呼ばれたら、どれだけ失礼なのだろう。
何十年か前、以前の職場の上司が独身の女性のお客にたいして「奥さん」と何度も呼んでいて、凍りつきそうな心境になったことを思い出した、という。
(まったく同じことが、男性に対してもある。テレビ番組のなかで、「お父さん、お父さん」というのが、常態化している。言われて平気な方もいるだろうが・・・)
〇「こんな患者診られない」にぼう然
・「こんな患者は診られない。帰ってくれ」。施設に入所する母親が転倒し、だいだい骨を骨折。検査中にパニックになり、暴れてしまったのが原因という。この医師の言葉に、娘はぼう然としたという。結局、翌日遠方の病院へ向かった。そこの医師は「よくあることですよ。心配いりません」と受け入れてくれ、手術は無事終わり、現在リハビリに励んでいるという。
〇「アナログは福祉」
・60代の男性は、レンタカーを借りると鉄道料金が割引になるので、切符を買う窓口に行ったら、「車はネットで予約してください」と追い返されてしまった。
ある交通機関の割引切符も、ネットでないとよやくできない。大阪・関西万博もネットで予約できないと入れない聞き、この投稿者はあきらめたそうだ。
(筆者も、1月に関東地方へ研修に行った際、乗り換えで新幹線切符を現金で購入しようと、現金の券売機を探したが見つけられなかったので、あきらめた。じっくり探せばみつけられたのかもしれないが・・・。都会のコインロッカーも大半がなんとかカードを使うのがほとんど。スマホは持っているが、そこまで電子決済をたよっていない。ネットと電子決済は少し違うが、現金決済に依存する者もいる)
(2026・5・27記)
〇すさまじい詐欺被害
・5・15日付の新聞では、鞍手郡の男性(63歳)が、交流サイト(SNS)の投資詐欺で2,360万円をだましとられたという。
・県内では、2026年3月末時点で、ニセ電話詐欺の被害は254件と昨年同期比よりもマイナス52件、被害額もマイナス約3億となっている。世間に喧伝(けんでん)され少しずつ効果が表れているようだ。
しかし、SNS型投資詐欺は、昨年同期比より92件多い146件、同12億円多い16億円になっている。凄まじい!!
愛知県では、80代男性がSNS型投資詐欺で、計8億7千万円を詐取されたという。(2026・5・20づけ新聞)
(2026・5・20記)
〇小学生給食費、(所得制限なしに)無償化が始まる!
・とうとう全国で、始まった。だいぶ前から、給食費無償化を早急に実現するべきだといわれていた。
昨年度小学生の給食費の平均4,688円(飯塚市は、4,010円)。小学生が2人いると、4,688円×2人=9,376円(1か月)、9,376円×11か月=103,136円(年間)。
この金額をそれほどでもないと思う方もいるだろう。
しかし、「認定NPO法人『グッドネバーズ・ジャパン』が低所得のひとり親家庭の保護者に尋ね、2,105人から回答を得たのをみると、苦しい状況が浮かび上がってくる。
学校給食がなくなる長期休み中の状況について、97.7%が『やや苦しくな』『かなり苦しくなる』と回答。『給食がないので食費に余裕がなくなり、生活がひっ迫する』『家で過ごす時間も長くて電気代も増えるし、苦しみしかない』。
子どもの1日の食事回数は、学校給食がある期間は『2回以下』が12.9%。長期休みに入ると32.2%に増え、約4割が『経済的に余裕がなく、家庭で十分な食事を用意することが難しいため』と答えた。
米価格の高騰を受け、67.1%が『パンや麺類などで代用する』と答え、『高くて1年間米を買っていない』家庭もあった。
子どもにおこづかいを毎月あげている家庭は、小学生33%、中学生47%,高校生49%。『おこづかいをあげることができず、友だちと付き合わない生活をするようになり、不登校になった』との回答もあった」。(朝日新聞2025・7・15)
(2026・5・14記)
〇知っていますか、一人を残し集団自決した、「来民(くたみ)開拓団」のこと
・満州国吉林省(現中国吉林省)に入植していた、熊本県鹿本郡(現山鹿市)の被差別部落の人々を中心に組織された満州来民開拓団。
1945年8月15日の「玉音放送」で日本の敗戦が流れたが、来民の人々にはいっさい伝わらなかった。そんな状況の中で、3000人といわれる満州人に包囲されてしまう。
開拓団の全員がただ一人を除いて、1945年8月17日午後7時半ごろから午後9時30分ごろにかけて276名が集団自決。うち半数以上が15歳以下の子どもだった。
生き残ったただ一人、宮本貞喜(さだき)が「あんただけは生き残って内地に報告してくれと」いわれ、自分の妻子を自決で失いながら事件から1年後の1946年9月1日、命からがら故郷へたどりつき伝えた。
満州へ行けば差別から解放される、広大な農地を手に入れられる、男は徴兵も免除される・・・。男が徴兵を免れることはなかった。守ってくれるはずの帝国陸軍や警察はいち早く逃げていた。
数限りない「戦争の地獄」の一つ。満州の地で276名の命が絶えた。
(2026・5・20記)
〇日本国憲法前文は「おめでたい文」?
・与党のある政治家は2000年の衆院憲法調査会で、日本国憲法前文「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分について、「非常におめでたい一文を、改憲の機会があれば真っ先に変えよう」と語った、という。(2026・5・3朝日新聞)
・それぞれの考えだとは思う。しかし、同じ与党の政治家でも戦争体験者は、「戦争は絶対だめだ」(田中角栄元首相)、「政治の最大の役割は戦争をしないこと。『戦争反対』であれば、どんなインタビューでも受けますよ」(野中広務元自民党幹事長)という発言を、共産党の「赤旗」にしている。また2022年には、「ともかく力で平和が実現するということはありえない」(古賀誠元自民党幹事長)と明確に憲法改正反対を述べている。
・およそ10年ほど前、「平和なくして、人権なし。人権なくして、平和なし」という言葉を聞いた。今、日本は戦争の渦中にはない。しかし、世界中が危うい状態であることは、間違いないと感じるのだが・・・。
(2026・5・11記)
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